紫陽花には ナイショ
 


  
おまけ




ポートマフィアが誇る五大幹部が一翼、
中原中也の異能力は、言わずと知れた“重力操作”で、
触れたものの重さやベクトル方向を自在に変えることが出来、
何となれば触れずとも、
指先や手のひらをかざしたり、腕の一閃を振るうなどして、
その能力を圧として送り出すことも可能。
自動拳銃の弾丸をそのまんま撃った相手へ送り返したり、
進む先の障害物を文字通り薙ぎ払ったり、
触れてさえいないものへ、そのような撥ね飛ばしがこなせる様は、
どうかすると鬼神の降臨に等しき畏れ多さかもしれず。
そんな凄まじいことが出来ても、彼の真の実力を思えばまだまだ序の口、
最も恐ろしい究極の力は、これでも封じてあるというから、
ポートマフィアに逆らおうと思う組織のボスらの気が知れない。
…というプロフィールがまさかにわざわざ公に広く交付されているわけじゃあなくて。
熱心に情報収集をしない、ずぼらなお馬鹿で浅慮な組織が
大きな顔して勢力を伸ばしていたのへと、
現地の兄弟組織から目にもの見せてやりてぇと申し入れがあっての遠征任務。
当たる前から浅慮アタマのおバカと決めてかかるのは危険だというのは、
何につけ言えることなれど、
今回の相手はそんな憂慮は全く要らない、数に任せて勢いに乗って幅を利かせていた輩ども。
なので、討ち果たすのに多少時間はかかろうが、
末端へまでもう終わりと知らしむるの、見届けるまでとすると以下同文でもあろうが、
もはや先は見えている形勢でもあり。

 『何だったら俺の異能で班ごとに踏みつぶしてやってもいんだがな。』
 『いやいやいやいや。』

それをやられると、
廃墟スポットで不可思議な虐殺とかいう
新たな都市伝説が生まれてしまいますのでと、
なかなか儘にならない不自由さにこそ苦笑が絶えない、
大きすぎる実力差ゆえに歯がゆくも手を焼いている制圧戦。

  なので

元から場末の解体現場だったせいで、
鉄筋がその芯からあらわになってるコンクリの基礎部があちこちにあるのを
身を隠す塀やら銃座を兼ねた楯やらの代わりとし、
そろそろ単発的になってきた撃ち合いの音、遠く近くに聴いていた今回の遠征のリーダー殿が、
薄い端末をまだまだすべらかな頬に当て、機嫌良さげに誰かと会話中。

「何だよそれ。俺ゃあ何も、そんな風に気を遣っちゃあいねぇんだがな。」

いかにも楽しそうにククっと短く笑ってから、
そんな会話とは別物だろう、手元へ広げられた地図の上、
こことこれへ2と3な?と、無言のまま指を差してから数字を示し、
やや目許をしかめるという格好で手短に指示を出す。
お話し中にすんませんと、恐縮してサササッと去って行った若いのを見送りながら、
携帯の相手へと注意を戻し、

 「青鯖のためになんかじゃねぇよ、
  芥川が日頃よく立ち回っててくれてることへの褒美みたいなもんだ。」

しかも今回の相手は奴の異能に頼らんでも十分討ち果たせる、
数だけが頼りみてぇなスッカスカな連中だしなと。
言いながら、銃座くらいの高さしかない崩れた壁越し、
開けた前方に向かって腕を嫋やかに伸ばし、パチンっと手袋越しに指を鳴らせば。
宙を切り裂いて飛んで来ていたライフルのそれだろう銃弾が数発、
まだ少しは明るみの残る宵の空気の中、回れ右して元来た方へと戻ってゆく。

 「…うん。そうだな、明日の昼過ぎには戻れる。
  ……うん、うん、そうなるな。だから…うん?
  何だよ、無茶なんてしねぇって。手前こそ腹出して寝て風邪とか引くなよ?」

ちょっぴり怒らせたか、相手の声が元気よく飛び出したらしく、
中也がわざとらしく耳を遠ざけ、
だがだが、すぐにも低めたお声で何かしら甘い言いようを返したようで。
切れ長な目許を意味深な趣にて細めれば、
それは際立った美貌に冴えが増して、惚れ惚れするほど妖冶な雰囲気を醸し出し。
肉づきの薄い口許が表情豊かに何事か囁けば、
大概の姫嬢がまず間違いなくくらくらと眩暈を起こすというに、

 「判ーかったって、祝杯は帰ってからだ。ああ、じゃあな、おやすみ。」

どうやらお酒を過ごしちゃいけませんよとでも言い返されたらしく。
可愛らしい窘めへ、余程にくすぐったかったか
“しょうがねぇなぁ”と破顔する様子が何とも幸せそうであり。
とてもじゃあないが、
丘の上の旧校舎跡へ 数の上では数倍以上の手勢に取り巻かれ中、
それだけを聞けば窮状にある陣営のお頭の、タバコ休憩中とは思えぬ和やかさであり。
そんな彼をやや遠くから見守っていた補佐役らしき黒服が、
手持ちのハンディトーキーで配下への一斉送信としたのが、

「中原さん、電話を終わられた模様。
 相手は人虎と思われ、明日の昼に帰還を確約されたようなので、
 各自 肝に命じ、
 くれぐれも突出なさる突撃や波動の邪魔をせぬよう、
 且つ、巻き添えを食わぬよう心掛けたし。」

そんな伝言へ、各班がそれぞれの配置位置で
よっしゃあと拳を握り締め、はたまた“ご馳走さまです”と苦笑をしつつ、
銃なり鉄パイプなりの武装を確かめて不敵そうに立ち上がる。

 理解ある、いい呼吸のお仲間たちに恵まれておいでの幹部様、
 夜通しのドカバキを前に、やはり不敵に笑ってすっくと立ち上がり、
 鞭のように強靭に鍛え上げられたその身を、
 ふっと軽やかに前方の夜陰の中へと飛び立たせ、
 あっという間に気配も香りも掻き消して。
 あとはただただ、まだおぼろな顔の月が見下ろす空間に静寂が居残るのみ……。




    
     〜Fine〜  17.06.19


 *バタバタっと書いた、本編のおまけです。
  遠征中の中也さん、一応の確認として敦くんへ連絡入れたらしく、
  そこからついつい甘いやり取りの応酬となったようで。
  いいのか、遠征中なのに…と思っておれば、
  周囲からの理解も深かったらしいです。(笑)